ワタシはひとり暮らしを楽しんでいました。
元々はモノがいっぱいありますが
部屋が広いので
スッキリして暮らしやすい部屋でした。
床にものを置かないようにして
ルンバを買って毎日掃除してもらいました。
ちょっと北欧風を目指して
マリメッコのファブリックパネルを作って飾ったり
アルテックの小さなテーブルを買って
一人の食卓も楽しんでいたりしていました。
しかし
母の病気がひどくなり
食事の世話をするために
母がワタシの部屋に一時的にやってきました。
母とワタシは仲が悪くよくケンカをしました。
病気のせいもあったかと思います。
母はまた実家に戻りました。
すると
病気はひどくなりました。
妄想が酷くなり
ご近所さんが泥棒をしていると
いうようになりました。
しまいには入院することになりました。
入院させるまでも大変でした。
とにかく入院できたことはよかったです。
しかしながら
ワタシのひとり暮らしはもうめちゃめちゃでした。
仕事と病院で自分の時間はあまりなくなりました。
退院してから
母はまたワタシの部屋に来ました。
ワタシも根負けしたというか
入院前に
実家のご近所さんに色々苦情を言われていて
それなら自分のところに住んでもらって
苦情を言われない生活の方がいいかと思ったのです。
突然かかってくる電話が怖かったです。
ご近所さんに電話口で怒鳴られて
自分でもどうしたらよいか分からず
病名が分かるまではあちこちの病院に連れて行って
右往左往しているところで
何もしていないと言われ辛かった。
今でもそれを思い出すので
できるだけご近所さんには会いたくないです。
実家に帰るのさえも嫌です。
できるだけ短時間で過ごし
ご近所さんに会わないように会わないように
しています。
今でも電話がかかってくるとどきっとするし
実家に帰った時に会うとドキドキします。
もちろん挨拶はしますが
会話をしたくありません。
できるだけ話を早く切り上げようとします。
だから実家から一刻も早く離れたい。
ワタシの快適なひとり暮らしは終わりました。
仕事部屋を母の部屋にしました。
仕事部屋からリビングに家具を移しました。
母はものをどんどん実家から持ってきました。
母の部屋(仮)にはモノが溢れました。
リビングにも
床にモノが溢れました。
あっという間に ルンバで掃除はできなくなりました。
ああ
ワタシの北欧風のお部屋はどこに行ったの?
もので溢れる部屋。
ワタシの意欲も薄れました。
どんどん部屋は雑然としてきました。
リタイアしたあと
やっと片付けが少し進んで
居心地良くなってきました。
でも ルンバをかけるには
母のものを移動させないとできません。
ひとり暮らしだったら
自分の好きにできるし
自由なのに
今までは快適だったのに
部屋は狭くなるし
一人の時間は無くなるし
一人の空間もなくて窮屈になったような気がしました。
自分の人生が奪われたような気になりました。
ひとり暮らしの年月の方が長いので
母子生活に慣れるまでは
かなり時間がかかりました。
ふたりで生活するための
ルールができてきて
ケンカもいっぱいして
お互いに譲ったり諦めたりして
やっと自然になってきたかな。
今は
リタイア生活に入ったときに
二人暮らしなのはよかったのかと思います。
だって
二人だと会話があるから。
ひとり暮らしだったら
一日
誰ともしゃべらない
声を出さない日があったかもしれない。
いきなり孤独になって
耐えられなくなっていたかもしれない。
それを考えると
今度は
自分のひとり暮らしレベルというか
ひとりに対する耐性というか
孤独力というかそんなものが
下がってしまったのが怖い。
不思議なものです。
あんなに
ひとり暮らしが良かったのに
今度はひとりになるのが怖くなっている。
リタイアして
自分が部屋にいる時間が長くなると
また母と衝突することも多くなるかもと思っていましたが
母もワタシの地雷になることがやっとわかってきたようで
うまくかわすようになりました。
まあ
さっちゃん事件簿のようなことも
時々起こりますが・・・
母の病気がなかったら
ワタシはひとり暮らしを続け
多分仕事もしていたかも。
まあ
反対に
リタイアのきっかけを作ってくれたのかもしれないとも思います。
どちらにしろ
介護問題は起こっていたでしょうし・・・
しかし
ふと考える時があります。
もし ひとりで暮らしていたら
もっと自由だったのかもなあと。
住むところも違っていたのかもなあ
と。
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